に円換算で186億4400万円の退職金をもらって退職すること
になった話を書きましたが、今日はその付けたしです。
AT&Tは2006年にベルサウスを買収しました。
ベルサウスとはどんな会社だったのか? その会社が株式交換
で買収されたとはいえ670億ドル(約7兆9050億円)もの価値が
ある企業だったのだろうか?
ちなみに、米シティグループが日興コーディアルグループを買収
した金額が9200億3500万円で、株を100%取得したとしても1兆
6700億円という金額だし、日本の2003年の年間の国防費が約5
兆2000億円だから、ベルサウスを買収した金額がいかに莫大な
金額かが推測される。ウィテイカー氏がそこまでして買収した
かった理由があるはずだ。
ベルサウスは1984年に米司法省が独占禁止法に触れるとして
AT&Tの22の交換会社が7分割されたなかの1社だ。
ちなみに、このときにアメリカから日本の電電公社の分割をすす
めるように促されて1985年に電電公社が株式会社化され1999年
に現在のように分割されている。
ベルサウスがAT&T(旧サウスウエスタンベル)に吸収合併された
2006年の前年にはBaby Bells は合併により、クエストコミュニケー
ションズ、サウスウエスタンベル、ベライゾンコミュニケーションズ、
ベルサウスの4社になっていた。
当時でもすでに4社による電話網の独占が問題視されることが
あった。
たとえば、2005年3月初めにテキサス州ヒューストンで両親が
ピストルで撃たれた17歳の娘が、911番(=日本の110番)に
電話をしたがその電話は警察につながらなかった。なぜなら、
その電話がIP電話だったからだ。
日本でもIP電話が110番や119番につながるようになったのは
つい最近だが、当時のアメリカでも既存の電話網とは競合の
立場にあったため、Baby Bells もプロバイダ業者を競合という
立場で見ていた。そのため、緊急電話へのルーティングについ
て電話網の独占的な立場にあったBaby Bells は非協力的な
姿勢をとっていた。そのためIP電話から緊急電話に電話がつ
ながらない悲劇がうまれたわけだ。
幸い事件にあった娘は難を逃れて緊急電話がかけられる電話
から通報することができて命は助かったが、下手をすれば殺さ
れていた可能性もあった。
このように市民生活に危険を及ぼしかねない原因はBaby Bells
による電話網の独占に原因があるとして、当時から問題視され
ていたようだ。
ベルサウスという会社自体は米国南部に展開する電話会社で、
広大な田舎町がほとんどで、激しい競争や技術革新の波におさ
れることの少ない地域だった。そのため、1984年にAT&Tから
分社化されたあともあまり買収価値の少ない会社として、M&Aの
動きから取り残されていた会社だった。
ただし、ベルサウスには一つだけ魅力的な事業があった。
それは、2000年4月にSBCワイヤレスとベルサウス・モビリティー
が合併してできたシンギュラー・ワイヤレスという携帯電話事業
だ。
シンギュラー・ワイヤレスは2004年2月にはAT&Tワイヤレスを
買収し、加入者数で米国トップの携帯電話事業者となっていた。
毎年5%づつ減少していく固定電話の利用量や、xDSLサービス
の伸びも鈍化していくなかで、ベルサウスの収益源となってい
たのが、シンギュラー・ワイヤレスだった。
しかし、ベルサウスはいくつかの問題も抱えていた。
AT&Tワイヤレスを買収することで、携帯部門で米国トップに
躍り出たシンギュラー・ワイヤレスだが、当時の資本形態は
ベルサウスとSBC(=サウスウエスタンベルコミュニケーション
ズ)との共同出資だったため、AT&Tの買収を株式交換でお
こなうことができず、すべて現金でおこなわざるおえなかった。
そのため、莫大な借入金が発生することとなったし、AT&Tワ
イヤレスと合併したことで、業績が以前ほど好調とはいえなく
なってきた。
しかも、米国南部をおそった大型台風「カテリーナ」の傷跡は
インフラの再構築や米国南部の経済活動におおきな影響を
あたえ、ベルサウスの経営は危機を迎えていた。
その状況化で双方の思惑が一致したことで、AT&Tとベルサ
ウスが友好的な合併をしたことになる。
う〜ん、こうしてみるとベルサウスの窮地を救ったウィテイカー
氏もまんざらでもないかなと思えてくる。
しかも、同様なケースはまだあるようだ。


